Haman Karn Blog

Haman Karn and Marsist Revolution: Dark Energy Beyond the Time

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Episode 11: ハマーン最強論 "Haman-as-Supreme Theory"

11b
  • ハマーン様は革命指導者として誰よりも優れた資質をもっていますが、ニュータイプパイロットとしても最強であると私たちは考えています。


  • パイロットとして彼女に近い能力を有すると言えるのは、おそらく一年戦争期までのシャア・アズナブル (Char Aznable、クワトロ・ヴァジーナ Quattro Vageena) と現在のコーピスのゼインだけでしょう。しかし総合的にみれば、ハマーン様が人類史上最強です。


  • グリプス2での戦いでは、ハマーン様は政事と戦術指揮にほぼ全神経を集中させていたにもかかわらず、いきなりの数少ない実戦でシャアの機体を葬りました。機体の性能差や最初シロッコと二対一であったという量的・可視的な問題は、あのレベルの戦いではほとんど無意味です。むしろハマーン様が本当はシャアと戦いたくなかったのに対して、シャアは何の躊躇もなくハマーン抹殺を考えていたことから、圧倒的にシャア有利だったのです。それに後で詳しく述べますが、シャアは一旦はニュータイプとして開花しながら結局ニュータイプとして開花しきれなかった人ですから、それではニュータイプとして進化し続けるハマーン様には勝てません。


  • 地球の人々の中にはアムロ・レイ (Amuro Ray) 最強説を唱える人も多いようですね。確かに地球圏にいながらシャアに立ち向かうことができたことは驚くべきことでしょう(しかしそれを言うならニュータイプ的感性をもたないコウ・ウラキアナベル・ガトーとやりあったのもすごい)。皆さんがヒーローを希求する気持ちは分かりますし、信じることは自由です。


  • でも私が言いたいのは、宇宙は広い、ということなのです。私たちはいずれ地球圏を離れ、宇宙の大海原に打って出る必要があるのです。地球圏での文化や経済などの発展は、人類史を大きく眺めればその初歩的な段階に過ぎません。地球で生まれたさまざまなシステム・慣習やものの見方にいつまでも固執していては、新たな時代を築くことなどできないのです。


  • アムロはシャアを迎え撃つこと以外に何もできない男です。それは彼が地球的価値観から脱しきれていないために、世の中を変える動機をあまりもっていないからです。地球に引きこもった人間にとって彼は仮想的な英雄かもしれませんが、それでは新たな人類に希望を与えることはできないでしょう。彼は人類の意志を力にできないのです。アムロ最強論にはこうした大きな視野で物を見るという要素が欠けています。


  • ジュドー・アーシタ (Judau Ashta) に至っては「ニュータイプ」といわれながらあの視野の狭さ・アナクロなセンスですから、アナハイムのあのいかがわしい殺戮兵器がなかったら論じる価値もないでしょう。地球圏の権力者に利用された哀れな少年と戦う理由を見いだせなかったため(あったらジュドーは何度も死んでます)、ハマーン様はジュドーとの戦闘でまともに武器を使いませんでした。逆に我こそが正義と幼稚なヒロイズムによっていたジュドーは、殺戮兵器の力を人々の意志と勘違いし、ハイメガを直接ハマーン様のキュベレイにぶつけ、あえてそれに耐えていたハマーン様の意志を無視してさらにパワーを全開にしました。ジュドーがグレミーとハマーン様の違いを理解できなかったのも、彼が真の抑圧者と闘う知恵と能力を欠いていたためです。失望したハマーン様は、「良かった・・・強い子に会えて」と皮肉の一つも言いたくなったのです。


  • ところで話はやや脱線しますが、皆さんの中には、ハマーン様がカミーユ・ビダン (Kamille Bidan)「分かり合える」という呼びかけを拒絶したにもかかわらず、ジュドーに対して心を開こうとしたと勘違いされている人もいるかもしれません。しかしハマーン様はカミーユにもジュドーにも同じように、ちゃんとしたニュータイプに成長して共に闘おうと呼びかけていました。


  • カミーユは自分たちが抑圧者のために戦っているということも分からないまま軽薄な融和論をとなえたため(これはジュドーも同じ)、ハマーン様に「気安いな (How facile)」と核心をつかれてしまいました。「ニュータイプは分かり合える」のではなく「人が分かり合える世の中にするのがニュータイプ」なのですから、ハマーン様の心を動かせるただ一つの言葉は「共に闘おう」だったのです。ただカミーユは少なくともハマーン様から影響を受けて成長する余地は持ち合わせていました。彼はあと一歩だったのです。


  • それに対して他人を理解する意志がないジュドーには、覚醒に至る要素が何一つありませんでした。ハマーン様はジュドーを初めからまともな相手と見なしていませんでした。ハマーン様は単に罪のないジャンク屋の少年と戦うつもりはなかったので、無意味な戦いを避けるために色気まで使い彼を逃がしてやろうとしたのです。ところがジュドーは妹リィナやサイバードール少女エルピー・プルに好きだというほどのシスコン (sister complex) ・ロリコン (pedophilia) だったため、自分の意のままにできないような成熟した強い女性に恐れを抱いてしまいました。ジュドーのあまりに地球的・退行的な独占欲 (monopolistic desire) と性的破綻 (sexual paranoia) はハマーン様を震え上がらせました。実はシャングリラ作戦はそこまで計算されていました。ハマーン様の優しさと純粋さを逆手にとったのです。とにかくハマーン様とジュドーとではそもそも人間性のスケールが違いすぎて、初めから勝負になっていなかったのです。


  • 私たちは地球人のニュータイプ観はまやかしだと考えています。それは所詮ビデオ屋の創造物に過ぎません。弾をよけることが人類の進歩を意味するわけでもありません。アナハイムによる洗脳の効果で、モビルスーツを何機落としたとか、サイコミュ技術をどれだけ使いこなせるか、などといった実にくだらないことをニュータイプの能力だと勘違いしている地球人が非常に多いのです。確かにアムロもカミーユもジュドーも、自分が心地よい関係を築ける人たちの意志を感じる能力はあったようですが、彼らは自分と全く異なる境遇にある人々や抑圧された少数派のことは感じることができず、時として理由もなく怖れたり排斥したりしました。それはまさに地球文明の限界なのです。


  • ハマーン様の言うニュータイプとはそんなちっぽけなものではありません。ハマーン様はニュータイプならばもっと大きなシンパシーを持ち、世の中を刷新して新しい時代を築いていけるはずだと考えてきたのです。そのスケールで見れば、アムロもカミーユもジュドーもかなりのオールドタイプです。オールドタイプはいくら強くても、所詮は地球の支配者たちに利用される道具、つまり従属物にしかなれません。


  • でも誰が最強かということは本質的にはどうでもいいことです。一番重要なのは、その力・強さの質、つまりエナジーがどういう性質を帯び何に向けられているのか、ということです。では少し難しくなりますが、この点について以下の3つのエピソードで説明します。


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    1. 2006/04/11(火) 02:49:45 |
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